すてぃっく㌠@ナマステさんのツイート: 神社とか好きな人は南阿蘇にある上色見熊野座神社には絶対に行ったほうがいい
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韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に対し、日本国内で怒りの声が沸騰している。年頭の記者会見(10日)で、いわゆる「元徴用工」をめぐる異常判決について、日本に責任を押し付けて批判しただけでなく、韓国駆逐艦による海上自衛隊P1哨戒機への火器管制用レーダー照射問題には一切言及しなかったのだ。菅義偉官房長官は11日午前の記者会見で、「韓国側の責任を日本側に転嫁しようというものであり、極めて遺憾だ」と厳しく非難した。ネット上では「完全にナメている」「日韓関係は破綻した」という意見すらある。もはや、「遺憾」とか「残念」というレベルでは済まない。日本政府として、決然として「制裁」を発動すべきだ。
【表】韓国による最近の主な対日暴挙
「韓国政府に、問題を解決する気がないことが良く分かった。(NHK記者が質問できたのはミスで)最初から日本人記者をスルーするつもりだったのではないか。不思議なことに、韓国人記者も、日韓関係について質問しなかった。韓国としては、いわゆる『徴用工』問題などを、いつまでもカードとして、日本に文句を言いたいのだろう」
文氏の記者会見について、韓国情勢に精通するジャーナリスト、室谷克実氏は、厳しい表情でこう語った。まさに、「日韓断絶」を感じさせた。
注目の記者会見は、文氏が挙手した記者を選ぶかたちで進められた。日本の報道陣も挙手を続けたが、なかなか当てられない。約90分の会見終盤、ようやくNHK記者にマイクが回り、徴用工判決への韓国政府の対応について質問した。
これに対し、文氏は「日本の政治家、指導者たちが政治争点化して、問題を拡散することは賢明な態度とは思えない」などと日本批判を展開し、「韓国政府は司法府の判決を尊重しなければならない」「日本も不満があっても仕方ないとの認識を持つべきだ」と語ったのだ。
日韓の請求権問題は、1965年の日韓請求権・経済協力協定で、「完全かつ最終的に解決」されている。ところが、韓国最高裁は国家間の協定を反故(ほご)にして、日本企業に賠償を命じる異常判決を出した。
日本政府は判決直後から、韓国政府に「適切な対応」を求めてきたが、文政権はこれを放置し、日本企業に「資産差し押さえ」という実害が発生した。文氏の不作為が、日韓関係を悪化させているのに、日本を批判するとは「ふざけるな!」としかいいようがない。
加えて、文氏は「韓日間には不幸だった歴史があった」「日本政府がもう少し謙虚な立場を取るべきだ」と語った。日韓併合を示唆したようだが、日本の自虐教育の裏返しで、「真実の歴史」を学んでいない。
日韓併合は、日本による侵略・収奪ではない。日本は朝鮮統治時代(1910~45年)、何と国家予算の10%以上を朝鮮半島の支援に当てて、朝鮮の人々の生活向上に尽くしている。
国際政治学者の藤井厳喜氏は、夕刊フジの短期連載「世界を感動させた日本」で、朝鮮統治時代について、《朝鮮の人口は1300万人から2500万人にほぼ倍増した。平均寿命は25歳(10年)から45歳(44年)に伸びた。工業生産指数は100(13年)から550(38年)に大躍進し、公立小学校は約100校から約5000校に増えた。鉄道はゼロから、総延長6000キロになった》と指摘している。
日本が朝鮮に注ぎ込んだ累計約21億円は、現在の貨幣価値で63兆円にのぼるという。文氏の見解は、偏向反日教育の弊害ではないのか。
文氏はNHK記者への回答後、「実際には(NHK記者の)後ろにいる人を指したんだけどね」と述べた。当初から、「日本人記者外し」を意図していた疑いがある。
注目の会見で、文氏は韓国駆逐艦による海自哨戒機への火器管制用レーダー照射については、言及すらしなかった。
評論家で軍事ジャーナリストの潮匡人氏は「韓国政府は支離滅裂なことをいっているが、一貫しているのは『日韓の実務者協議で問題を解決したい』という姿勢だ。メディアの取材が入るような協議では、今までの主張が全部ウソで間違いだと確定するため、最悪の事態を避けたいのだろう。大統領府にも、何らかの形でそういう事情が伝わっており、文氏としても焦点を当てたくないので、逃げたということではないか」と分析する。
日本のネット上では、文氏の記者会見を受けて、次のような激しい怒りの声がわき起こっている。
「宣戦布告されたと理解していいのか」「ここまで、ふざけたことを抜かすとは」「中国の属国に戻るようだ」「さっさと経済制裁して国交断絶」「憲法9条があるから制裁できないのか?」「日本国の正義の怒りを示すべきだ。さもないと、(自民党)支持層は離れ、選挙で惨敗しますよ」
日本政府は、韓国にどう対応すべきか。
前出の室谷氏は「『韓国人の入国審査強化』などできる分野から、すぐ締め付けをしていくべきだ。韓国政府に謝罪させないといけないが、彼らは絶対に謝ろうとしないだろう。韓国国民が『政府は反日姿勢を取っているが、あれではいけない』と思わせるため、日本の恐ろしさを体感させる必要がある」と提言した。
“しかし「アンティーク」という言葉には、実は厳密な定義があるのです。 アンティークとは、「今から100年以上前に作られた製品」を指します。”— アンティーク・ディーラー / 石井陽青 (via ebook-q)
共産独裁国家で生まれ育った私は、長い間シナの反日愛国主義教育を受けで、二十代前は日本のことが嫌いだった。日本語の勉強を始めたきっかけは、厳しい就職活動の中で英語のほか、もう一つの外国語を身につけたら、有利な条件となると思った。当初は、日本語の勉強には少し抵抗感があり、とくに父親に「日本鬼子の話を勉強するな」と言われて、一度あきらめる気もあったが、結局自分の学習意欲と就職への執念にまけてしまった。
日本語を勉強してから、ある日一つの問題を発見した。シナ教科書は、戦時中シナで起こった様々な残酷な事件は、日本軍の「三光作戦」(三光作戦は中国語で殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くすという意味である)による結果であることを書いていたが、日本語で「光」という語彙は、明るい、光るもの、希望等を指す意味で、中国語で使用する「光」の、「何もない」、「からっぽ」等の用法は存在したことがない。例え、日本軍は本当にそのような作戦命令を指示したとしても、作戦名を「三光」と付けるわけはない。きっとどこかに誤りがあったのではと思っていた。
そのような不審点を見つけた後、シナのテレビ局が放送した「中帰連の元日本兵」を紹介する番組特集を見た。その番組の内容は、中帰連の元日本兵は日中戦争の時、どのような残酷な方法で、無実なシナ人を虐殺したということを自ら告白していた。しかし、死刑になるはずの重罪を犯した彼らが、戦犯管理所でシナ人の職員から手厚く献身的に優遇され、最後には全員が人民政府に赦免され、解放された感動的な物語だ。日中友好を回復してから、彼らはシナ全国で謝罪の旅を展開し、シナの抗戦記念館や南京大虐殺記念館や平頂山記念館など次々訪問し、シナ人民に謝罪と感謝の意を表すために、日本で募金したお金で元戦犯管理所の跡地に謝罪碑を建てた。その番組を見てから、また不審点を発見した。これらの日本兵は、シナで十数回謝罪の旅をしたそうだが、なぜ自分の手で殺したはずのシナ人被害者の遺族や親戚の所に一回も訪問や謝罪していないのか、もし彼らの発言が全て事実ならば、官製愛国主義教育基地の訪問や、謝罪碑を建てるより、シナ人被害者の親族への謝罪や賠償をすべきではないでしょうか。この不審点を考えたら、私は初め、これらの日本人が嘘をついていたのかと疑っていた。
1997年、海外にいる友達と連絡を取るために、インターネットを勧められた。あのとき、シナでインターネットの使用者はかなり少なく、そしてシナ共産党の管理部門はインターネットの遮断技術がまだ不十分のため、今まで知らなかった沢山の事実をインターネットやチャートルームを通して知ることができた。一番ショックを受けたことは、天安門事件の真相を知った時で、あれ程無実な学生や市民が解放軍に惨殺されても嘘をつき通すシナ共産党政府に、怒りを覚えた。まさか、これまでの教科書内容やメディアが教えているものは全てデタラメな嘘であると気がついた。
その後、念願の就職も出来た。親戚に関係者がいたシナの国営会社に入った。しかし、複雑な人間関係や慣れない政治学習に悩んで、一年半位で、自ら国営会社に離職届を出した。離職してまもなく私は、シナにある外資系会社に入った。その会社は、経済技術開発区にある米国系の会社だが、当時の社長は60代位の日本人だった。その方は、すごく礼儀正しく優しい方であり、私が新入社員であるにもかかわらず挨拶をしてくれ、また、笑顔で接してくれた。日本人と初対面であったが、私は思わず日本人に好感を持ち始めた。今まで見慣れたシナ人社長や共産党幹部などの傲慢、威圧的な態度と比べて、その日本人社長はまるで神様のようだと思っていた。シナ共産党の宣伝もう信用できず、日本人の真実の一面を知りたいと思い、自分の手で真実を発見しようと決意した。それから、日中戦争の歴史真相を求めるために、休日を利用して、図書館に行って資料を探したり、お年寄りの所に行って話を聞いたり、独自の調査を行った。殆どの訪問先では、自ら目撃した日本軍が行った残虐な事件は一件もなく、そのような残酷な話は他の人から聞いた噂であるとわかった。さらに、当時85歳の老婦人は、非常に価値がある情報を教えてくれた。彼女は、20代頃、日本人の医者に虫歯の治療を受けて、金歯を入れ変えた。その医者の高度な医術のおかげで、彼女の歯はとても元気で、六十数年が過ぎでも硬いものを食べられるそうだ。彼女の話を聞いて私は色々考えた。もし当時シナにいた日本人は、シナ共産党の宣伝のような凶悪な人間ならば、20代の少女一人、安心して日本人医者の治療を受け、貴重な金歯を入れさせるのは無理な話ではないか?
その事実を知った後、会社の飲み会で沈陽(旧満州国奉天)出身の同僚からもう一つの話を聞いた。彼の父親は小さい頃「猩紅熱」で40度以上の高熱を出した。家族があらゆる方法を使っても、熱が下がらない。仕方がないので、当時、近所で住む日本人に頼んで、夜中に日本軍陸軍病院の軍医を家に呼んで来てもらった。その医者から抗生薬品の注射を受けて、一命を取り留めた。同僚の実家は、ごく普通なシナ人家庭で、祖父は小さな雑貨店を経営し、タバコやマッチや石鹸などを売っていたそうだ。もし日本軍が皆凶悪な殺人魔王ならば、普通のシナ人が日本軍人を家に呼び込むことはまったく想像できない。
なぜ、これらの普通なシナ人が圧力もない日常会話で口にした日本軍のイメージは、シナの教科書や映画やマスメディアが宣伝した殺人鬼のような日本軍のイメージと異なっているのか? 私はその時までに、インターネットや海外の友達を通して、シナ共産党による「鎮反運動」、「土地改革」、「反右運動」、「大飢饉」、「文化大革命」、「天安門事件」等の歴史真相をすでに知っていたので、今まで誰が嘘をついていたのか一目瞭然となった。
小さい頃からシナ共産党による強制洗脳の教育を受けて、言論や反対意見の全面封殺によって、殆どのシナ人は自ら思考の能力を失った。幸い私は、小さい頃から、親や先生の言う事をあまり聞かないタイプなので、思考の能力は少し残った。そのおかげで、シナ共産党の洗脳から脱出することができた。それから様々な日本人と出会って、日本に渡って、さらに広い世界と自由な思想に接して、日本の文化や歴史や社会なども色々知る事ができた。日本が好きになったのはごく自然なことでした。
本来、市の窓口は市民に嫌な思いをさせてはいけないのですが、犬を捨てに来た人には、嫌な思いをしてもらおうと決めました。
悪代官のお約束の「あーれー」ってやつできるんですか?っていうお馬鹿な質問に「時々聞かれるんだけど、帯は二周くらいしか巻いてないから、やったとしても「あー」くらいでおわっちゃいますね(微笑み)」という内容を京言葉でお返事いただいてにやけました(*ˊ꒳ˋ)
教授「(環境保護団体について)あの人達はでかい生き物が好きなんですよね。その方が『動物守ってる自分たちカッコイイ』って解りやすいから」 この教授やっぱ最高だ。
昔「成人式は恨みのある同級生を直接刺し殺す最後のチャンスですよ」とツイートしたら、知らない人から「ありがとうございます!」とリプライがきた事がある

